大判例

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東京高等裁判所 平成8年(ネ)3663号 判決 1996年12月11日

控訴人(被告)

株式会社藤組

代表者代表取締役

加藤修一

訴訟代理人弁護士

田見高秀

飯野春正

被控訴人(原告)

株式会社加藤製作所

代表者代表取締役

加藤正雄

訴訟代理人弁護士

多田武

鈴木雅芳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張は、以下のとおり、原判決の記載を補正し、控訴人の当審における新主張を付加するほかは、原判決の「第二 当事者の主張」中の乙事件に関する部分に摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決七頁三行目から六行目までを、次のとおり改める。

「1 控訴人藤組は、本件物件一を平成七年九月六日に、本件物件二を同月八日に、山本和雄(以下「山本」という。)から、その使者である株式会社グンシン(以下「グンシン」という。)代表者北爪芳造(以下「北爪」ともいう。)を介して、いずれも代金六五〇万円で買い受け、右の各日に北爪に右代金を支払い、本件物件一を同月六日に、本件物件二を同月七日に、それぞれ引渡しを受け、その占有を取得した。

2  仮に、北爪が山本の使者でないとしても、控訴人藤組は、本件物件一につき平成七年九月六日、本件物件二につき同月八日、山本の代理人である北爪との間で、いずれも代金六五〇万円で買い受ける旨の契約を締結し、右の各日に北爪に各代金を支払い、本件物件一を同月六日に、本件物件二を同月七日に、それぞれ引渡しを受けた。

2  原判決一二頁六行目と七行目の間に、次のとおり加える。

「 被控訴人は、控訴人に本件物件一及び二(以下「本件各物件」という。)の所有者について調査しなかった過失を主張するが、被控訴人の側こそ、代金の支払いと引き換えに物件を納品するという通常の注意を払えば、代金未回収で転売されるという事態を容易に回避できたのであって、むしろ被控訴人の帰責事由の方が大きいというべきであるから、控訴人の過失を認めて本件損失を控訴人にすべて帰属させるのは正義公平の観念に反する。」

二  控訴人の当審における新主張

1  控訴人の主張

本件において、被控訴人担当者は、山本から同人は本件各物件を星野建材に転売する予定であると説明されており、被控訴人はこのことを前提として本件各物件を山本に売却しているのであるから、本件各物件のメーカーである被控訴人は、直接の買主である山本に対して、山本の名で他に転売する権限を授与していた(転売授権)のであり、この場合、被控訴人と山本との所有権留保特約は両者間の内部的な取決めに過ぎず、転売授権を受けた山本が転売した者である控訴人に対しては、被控訴人はその所有権留保特約を主張することができないと解すべきである。

したがって、控訴人は、有効に本件各物件の所有権を取得した。

2  被控訴人の認否・反論

転売授権の主張は、争う。

被控訴人が山本において本件各物件を星野建材に転売する予定であることを承知していたことは事実である。しかし、その転売は、山本が被控訴人に代金を完済したうえですることを当然の前提としていたのであり、被控訴人は、山本が代金を未払いのまま転売することを承認していたわけでは決してない。

理由

一  (被控訴人の請求原因について)

被控訴人が、本件物件一を平成七年九月六日までに、本件物件二を同月七日までに、それぞれ製作してその所有権を取得したこと、及び控訴人が本件各物件を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  (被控訴人の仮定再抗弁について)

控訴人は、抗弁として、控訴人は、本件物件一につき平成七年九月六日、本件物件二につき同月八日、山本からいずれも代金六五〇万円で買い受け、その引渡しを受けて本件各物件を即時取得した旨(本判決の事実の第二、一1で補正したうえ引用する原判決七頁二行目から九行目まで)主張するところであるが、本件事案の特質にかんがみ、右抗弁ついての判断はひとまずおき、被控訴人の仮定再抗弁(控訴人には本件各物件を山本から買い受けて占有を始めるにつき過失がある旨の主張)について判断する。

1  証拠(甲一、二号証、四ないし八号証、原審及び当審証人増川吉夫の証言)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  被控訴人は、山本に対し、本件物件一を、平成七年九月六日、代金六七四万六五〇〇円(消費税一九万六五〇〇円を含む)、同月八日現金による一括払い、物件の所有権は代金全額の支払が完了するまで被控訴人に留保する旨の約定により売り渡し、山本の指示により、同月六日、有限会社星野建材に納入した。

(2)  また、被控訴人は、山本に対し、本件物件二を、同月七日、代金六二三万一五〇〇円(消費税一八万一五〇〇円を含む)、同月八日現金による一括払い、物件の所有権は代金全額の支払が完了するまで被控訴人に留保する旨の約定により売り渡し、山本の指示により、同日七日、有限会社星野建材に納入した。

2  ところで、控訴人代表者は、控訴人主張の本件各物件についての山本との売買の経緯等に関し、原審において、概ね次のように供述している。

(1)  控訴人は、ダム工事に関連する仕事のために、本件各物件のようないわゆるユンボを購入したいと考え、取引のあった星野建材の代表者の星野富士雄(以下「星野」という。)に相談したところ、機械関係の代理店としてグンシンを紹介された。

(2)  控訴人とグンシンとはそれまで取引がなく、控訴人代表者は、グンシン代表者の北爪とも、山本とも面識はなかった。

(3)  本件各物件の売買についてのグンシンとの交渉は、主として星野にやってもらった。

山本については、北爪の話から、グンシンのユンボ関係の担当者であると思っていた。

(4)  本件各物件の代金はいずれも六五〇万円で、納品と同時に一括現金払いという条件であったので、代金合計一三〇〇万円のうち七〇〇万円は自己資金でまかなったが、六〇〇万円は月一割の利息で金融業者から借り入れて用意した。

そして、本件物件一を平成七年九月六日に、本件物件二を同月八日に、それぞれ星野建材から引き取り、控訴人の資材置場に移動させた後、右に各日に、いずれもグンシンの事務所で、北爪に現金を手渡して代金を支払った。

(5)  本件各物件の売主がグンシンではなく山本であることは、代金を支払った際、北爪から山本名義の「納品書」と「領収証」を交付されてはじめて認識した。

山本とは、売買の前後を通して一度も会わなかった。

また、グンシンがどのメーカーの販売代理店であるかは確認していないし、星野建材から引渡しを受ける前には、売買の目的物件を見てもいない。

3(1)  証拠(乙八ないし一〇号証、当審における証人北爪芳造の証言、原審における控訴人代表者の供述)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

① 控訴人は、土木工事等を業としており、橋梁整備工事、治山復旧工事、農道整備工事、林道工事、水路工事等を下請けして営業していた。

② 平成七年ころのグンシンの主な営業は乾燥麺などの食品の中間卸であり、建設関係の仕事はほとんどしておらず、機械等の販売代理店はしてはいない。

(2) 証拠(甲一二ないし一七号証、前掲証人増川の証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

① 本件各物件のような高価な建設機械については、そのほとんどが所有権留保特約付きの割賦販売契約の方法によって取引されている。

② また、このような建設機械については、所有権についての争いを未然に防止するため、機械を転売する際にはメーカーの発行する譲渡証明書を付けて取引する慣行となっている。

(3) なお、控訴人代表者が、グンシンないし山本から本件各物件を買い受けようとするに際して、グンシンの代表者北爪ないしは山本に対して、グンシンないし山本が本件各物件のメーカーである被控訴人に代金を完済したかどうかを確認したり、譲渡証明書の交付を要求した事実を認めるに足りる証拠はない。

4 右の認定事実及び控訴人代表者の供述内容に基づいて、控訴人が本件各物件を買い受けて占有を始めるにつき過失があったか否かを検討するに、右のとおり、控訴人は土木工事等を業としており、橋梁整備工事や各種道路工事等の営業活動をしていたのであるから、控訴人代表者は、本件各物件のような高価な建設機械については、そのほとんどが所有権留保特約付きで取引されており、また、機械を転売する際にはメーカーの発行する譲渡証明書を付けて取引される慣行となっていることを十分に認識していたものと推認されるところであるが、にもかかわらず、控訴人代表者は、その供述自体によっても、それまで全く取引もなく、あるいは面識もなかったというグンシンないし山本から本件各物件を買い受けようとするに際して、グンシンの代表者北爪ないしは山本に対して、本件各物件のメーカーである被控訴人に代金を完済したかどうかを確認したり、譲渡証明書の交付を要求したこともなく、また、グンシンは建設機械の販売代理店ではないところ、控訴人代表者は、星野の言葉を鵜呑みにし、グンシンが建設機械の販売代理店であるというのなら、どのメーカーの代理店であるのかすら確認しようとしていないというのであり、さらに、控訴人代表者は、当初は、グンシンが本件各物件の売主と思っていたが、いざ代金を支払う段階になって、北爪から山本名義の「納品書」と「領収証」を交付され、はじめて売主は山本であると認識したが、その売主という山本とは売買の前後を通じて一度も会わなかったというのであるから、誰が売主であるかすら正確に確認しようとしていないといわざるを得ないのであって、これらの事情を総合すれば、控訴人には、本件各物件を買い受けて占有を始めるに際し、それが売主とする山本の所有であると信じたことにつき過失があったというべきであることは明らかである。

5  なお、控訴人は、被控訴人において、代金の支払いと引き換えに本件各物件を納入するという通常の注意を払えば、代金未回収で転売されるという事態を容易に回避できたのであって、むしろ被控訴人の帰責事由の方が大きいというべきであるから、控訴人の過失を認めて本件損失を控訴人にすべて帰属させるのは正義公平の観念に反する旨主張する。

なるほど、控訴人指摘のとおり、被控訴人は、本件各物件を代金の支払いと引き換えに納入すれば、代金未回収のまま転売されるという事態を回避できたということができるが、前掲増川の証言及び弁論の全趣旨のよれば、前示1のように、本件物件一の納入日が平成七年九月六日、本件物件二の納入日が同月七日であるのに代金支払日を同月八日としたことについては、買主の山本の強い要望によるものであり、納入を遅らされると現場に支障が出るという説明もあったため、被控訴人の担当者で高崎営業所の所長であった増川吉夫(以下「増川」という。)としては、納入日の翌日に代金が支払われるとのことでもあるので大丈夫であろうと判断したとの事情が認められるのであって、代金未回収のまま転売されるという事態が生じたことについて被控訴人の側にも責められるべき点があることは否定できないが、そうであるからといって、控訴人の前示のような過失の程度も考慮すれば、控訴人の即時取得を認めず、被控訴人の所有権に基づく本訴引渡請求を認容することが正義公平の観念に反するとまでいうことはできない。

6  したがって、被控訴人の再抗弁は理由があるから、控訴人主張の抗弁が認められるか否かにかかわらず、いずれにせよ被控訴人の請求は理由があることになる。

三  (控訴人の当審における新主張について)

1  控訴人は、本件各物件につき、いわゆる転売授権があったから、被控訴人と山本との所有権留保特約は両者間のいわば内部的な取決めに過ぎず、転売授権を受けた山本が転売した控訴人に対しては、被控訴人はその所有権留保特約を主張することができない旨主張する。そして、被控訴人が山本において本件各物件を星野建材に転売する予定であることを承知していたことについては、被控訴人もこれを認めるところである。

2  しかしながら、証拠(甲一、二、一八号証、前掲増川の証言)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、これまで山本とは取引がなく、山本は金融業者であると認識していたこと、被控訴人と山本との本件各物件に関する売買契約においては、前示の物件の所有権は代金全額の支払が完了するまで被控訴人に留保する旨の所有権留保特約のほか、買主である山本は代金完済まで無償で使用保管することができるが、この場合、山本は物件を善良な管理者の注意をもって使用保管すること、支払期日までに代金の支払をしないときは山本は直ちに物件を被控訴人に返還しなければならないこと等が取り決められていること、被控訴人の担当者の増川は、右のとおり山本において本件各物件を星野建材に転売する予定であることを承知していたが、山本との売買契約においては、物件の納入の翌日又は翌々日には代金が支払われることとなっていたので、山本が転売するのは代金完済後であると思っていたこと、被控訴人においては、商社に販売する場合など転売を承認する場合もあるが、そのような事例については特定の書式の契約書を用いることとしており、その契約書には転売を承認することが明記されていること、以上の事実を認めることができる。

3  右の認定事実によれば、本件各物件について山本との間で売買契約を締結した被控訴人としては、山本が代金を完済しないまま本件各物件を星野建材に転売することを承認していたわけでないことは明らかであるから、右の関係を被控訴人の山本に対する転売授権と構成することができるものとしても、この場合の転売の授権は所有権留保のままの条件付権利についての授権にすぎず、売主である被控訴人において、本件各物件が転売され、転買人が山本に代金を支払ったときは被控訴人の所有権が失われるということを承認していたものと認めることは到底できないのである。

したがって、その余の点についてみるまでもなく、控訴人の右主張は既に理由がないというほかはない。

四  (結論)

右のとおりであって、本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は棄却すべきものである。よって、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官瀬戸正義 裁判官川勝隆之)

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